「窮鼠はチーズの夢を見る」
古今東西数多あるラブストーリー。
けれどもハッピーエンドの“その先”を描いたものは、案外少ないのでないだろうか。
『窮鼠はチーズの夢を見る』は“その先”の残酷さと真摯に向き合っている。
私は自分のセクシャリティもあって、同性愛ものは積極的に観るし、評価も甘くなる自覚がある。
さらに監督があの行定さんだと聞いて「これはもう観るしかない」と思い劇場に足を運んだ。なぜなら私の好きな映画トップ5に行定監督の『贅沢な骨』が19年以上も揺るぎなく入っているからだ。
優柔不断な性格から不倫を重ねる大伴。
その妻が雇った探偵が、大学の後輩である今ヶ瀬。
在学中ずっと大伴に片想いをしていた今ヶ瀬は、大伴の不倫の事実を妻に伝えない代わりに身体を要求する…。
導入部はBLにありがちなやや強引な展開である。
けれどもそうでもしないと物語が始まらない。
当然のごとく今ヶ瀬の要求はキス以上へとエスカレートする。
口では抵抗するものの今ヶ瀬を拒絶できない大伴。
なし崩し的に関係は深まっていくものの、2人は最後まで本当の意味で寄り添うことができない。
同性愛もののラブストーリーでは、もちろん性別が大きな障害となる。
劇中で大伴が言うとおり「なんで俺が男と付き合わないといけないんだよ」だ。
ここを乗り越えられるか乗り越えられないかが、どうしたって大きな山場となる。
本作も例外でない。
しかしもうひとつ、“成就した後はどうなるか”も本作の山場だ。
『贅沢な骨』では描かれなかった“その先”。
今ヶ瀬はとにかく一途な男である。
けれども大伴のすべてを肯定しているわけではなく、むしろ2人でいても幸せになれそうもないことを予感しつつ「心底惚れるってすべてにおいてその人だけが例外になっちゃうってことなんですね」という開き直りにも似たどうしようもなさを抱えながら、その想いを止めることができない。
一方の大伴は拒絶することが苦手。
女性はもちろん、男性である今ヶ瀬のことも最終的には受け入れてしまう。
今ヶ瀬は大伴のそういった性格を把握した上で、言い方は悪いがその弱味につけこんで徐々に大伴の心を開いていく。
だがそうしたズルさのしっぺ返しは、ちゃんと自分に跳ね返ってくる。
大伴に受け入れられる前の今ヶ瀬は、とにかく受け入れられることに必死で、“その先”のことなどどうでも良かったのかもしれない。
けれど奇跡的に振り向いてもらえると、今度は失うことが怖くなった。
男である自分でさえ受け入れる大伴だ。
元カノや職場の後輩が大伴に近づいていくのをどうすることも出来ず、失う不安から、ただ苦しいだけの日々が続く。
そんな今ヶ瀬を大伴は救うことが出来ない。
かと言って彼が何もしなかったわけではない。
物語後半、ベッドシーンで今まで受け身だった大伴が攻める側に回る。
ここは大きな変化である。
私は女なので男性のその辺の事情はよく分からないが、少なくても相手に欲情しなければ能動的にはなれないのではないだろうか。
大伴の本音は分かりづらいが、ここにいちばん現れていたに違いない。
正直ジャニーズと若手俳優が演じるにしては、かなり際どいベッドシーンに驚かされた。だがこの映画には必要不可欠なシーンだった。
思うところはあったかもしれないが、大伴役の大倉さん、今ヶ瀬役の成田さん、どちらの演技も素晴らしいし、行定監督の心の機微をうつしとる繊細さと美しい色彩感覚は19年前から色褪せていなかった。
ラストシーンの“その先”は私たちに委ねられた。
それはこの映画を観たひとりひとりが感じたまま思い描けば良いのだけれど、私は今ヶ瀬はもちろん大伴にも幸せな未来が待っていてほしいと願う。